PROFILE

詳しいプロフィール

60秒で分かる
小野田紀美

Profile in 60sec

小野田紀美を簡単にまとめました。これを読めば小野田紀美の生い立ちがわかります。

小野田紀美の年表

Personal history

  • 1982年12月7日

    アメリカ合衆国イリノイ州生まれ(1歳〜母の地元の岡山に)
    邑久町立裳掛小学校、私立清心中学校、私立清心女子高等学校

  • 2003年

    拓殖大学政経学部政治学科卒業

  • 2003年〜2007年

    ソニー銀座プレイステーションアテンダント、塾講師、雑誌編集、モデル等

  • 2008〜2010年

    株式会社アスガルド(honeybee)にて広報プロモーション、制作、ブッキング

  • 2011年

    東京都北区議会議員初当選

  • 2015年

    東京都北区議会議員再選

  • 2016年

    参議院議員初当選(岡山選挙区)

  • 2016年〜2018年

    参議院 議院運営委員、国会対策委員、文教科学委員、国際経済・外交調査会委員
    自民党 外交副部会長、党青年局次長、党ネット・メディア局次長

  • 2019年〜2020年

    参議院 予算委員、国会対策委員、法務委員、災害対策特別委員、国際経済・外交調査会理事自民党 外交副部会長、党青年局学生部長、党ネット・メディア局次長

  • 2020年9月〜

    菅内閣法務大臣政務官
    参議院 法務委員、政治倫理委員、国際経済・外交調査会委員

01

幼少期

1982年12月7日、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ生まれ。母は日本人、父はアメリカ人のハーフ。
1歳の時に母の故郷である岡山県瀬戸内市邑久町に帰り、自然豊かな農村で育つ。

曲がったことや理不尽が大嫌いだった私は、物心ついた頃にはテレビの中のヒーローに憧れ、自分もいつか正義の味方になって、悪と戦うんだ!と決意していました。

02

小学校の頃

正義の味方を目指した私は、小学校に上がるころ壁にぶつかっていました。
悪い事を見つけて止めようと思っても、隠れた場所で行われたら自分には手が出せない現実、そして正義の味方という職業がどうやらこの世界にはないらしいという事に気づいたからです。

そんな中、小学校に上がり、学校の図書館で偶然読んだ「まんが日本の歴史・卑弥呼」。それまで争いに乱れていた国が、卑弥呼が女王になった事で強く豊かに平和になったという様を見て「これだ!!」と思ったのです。「悪事を一つ一つ潰していくのも正義の味方。でも、そもそもそんな悪事や理不尽が起きない世の中を作ることができたなら…それは最高の正義の味方だ!!」と。
その日から私の夢は「卑弥呼になる=政治家になる」になりました。

03

政治家になるためには

中・高・大学と変わらず政治家を目指し続けるも、「地盤・看板・鞄」何一つ持たない自分がどうやって現代の世で政治家を目指せばいいのか答えが出ぬまま、大学で政治を学びつつ、もはやタレント議員しか道はないのでは?とモデルなどのバイトをするも迷走。

「25歳までは被選挙権がないから、それまでは色々な職種や業務形態で仕事をして社会を知ろう」と、塾講師、雑誌編集、ショールームアテンダント等々、バイトや契約社員や派遣で働いた後、せっかくなら好きな事を仕事にしようとCDゲーム制作会社で制作や広報PRとして働く。ゲーム会社に勤務しながら、TOKYO自民党政経塾にも通い政治家への道を模索。

04

地方議員に

2011年の統一地方選挙への立候補を決意。
当時は民主党政権下で自民党に対する風当たりが強く、自民党から立候補しようとする候補者があまりいなかったためか、様々な自治体で自民党公認候補の公募が行われており「地盤・看板・鞄」のなかった私でしたが、公募というチャンスで自民党公認を得る事に。

2011年4月、東京都北区議会議員選挙に立候補して初当選。自民党会派では副政調会長なども務め、2期目は票を伸ばしての再選。

05

参議院議員に

地元岡山県で参議院議員候補の公募があると知り応募、公認を得る。

2016年7月の参議院議員選挙で、野党から議席を奪還し初当選。予算委員、文教科学委員、法務委員、議院運営委員、国会対策委員会、党の外交副部会長、ネットメディア局次長、青年局学生部長等を務める。

2020年9月〜菅内閣において法務大臣政務官に就任、現在に至る。